青色発光ダイオードは省エネルギーで電飾にも向く?

サイト内検索

近ごろ痛快な出来事があった。

日本人が、それも三人一度にノーベル賞を授賞したというニュースだ。

ノーベル賞は1949年の素粒子の湯川秀樹博士以來数えて22人、受賞者の数もさることながら、2008年の下村脩博士の緑色タンパク質以來、発明、発見の内容が人間生活により近く貢献度も高いテーマに取り組まれての授賞だけに、日本人としてなんとも誇らしい。

このたびのお三方は物理学賞の授賞だったが、テーマは青色発光ダイオード(LED)の発明だ。中村教授はその意義を問われて「省エネルギーや地球温暖化対策に役立つ」はずだと話されている。

身近といえばこれほど身近な話しはない。

東北大地震以來、産業/生活エネルギーの確保に日本人は辛苦している。原発廃止、存続の議論にして然り、石油代金の重圧などなど、八方ストレスの状況で青色発光ダイオードが「省エネになる」という言葉は干天の慈雨だ。

ノーベル賞が金になるという、えげつない言い方をすればそういうことだ。

そうとなれば、なにを措いてもこの夢の青色発光ダイオード(LED)は即、省エネに結びつけたいものだ。

まず民生に、さらに産業にと時を惜しんで実用化、商品化を急がねばならない。

それによって、消費者に余裕が生まれ多少の消費税アップにも耐えられる状況を産み出せるかも知れない。

団塊世代がいっせいに年金受給者になることの意味を、知っている人は知っている。

その対策としてわずかな消費税アップはやむを得ないかも知れないのだ。

その間隙を青色発光ダイオードが埋めてくれれば、われわれは現に助かるのである。実のある実用化こそが待たれるのだ。

ところが、である。

巷にはこの青色発光ダイオードが情けない輝き方をしている。

電飾といわれるまさに虚飾の社会現象だ。

青色発光ダイオードを使ったLE電球は電気代が、うそのようだが、8分の1だという。

だが、これを電飾に使おうという、これは倒錯の発想だろう。

そもそも東北大地震直後の節電ムードをお忘れか、といいたい。現に青色発光ダイオードは民生にも産業にも見るべき貢献をしてはいない。

原発存続/廃炉の論議が結論までほど遠く、まだまだ石油輸入の荷は重くのしかかるいま、電飾にうつつを抜かすには十年早い。

せっかくお三方の功績が認められて、青色発光ダイオードという明るい光が灯ったいま、われわれの考えるべきは虚飾の電飾を控え、省エネの姿勢を崩すことなく、榮えのノーベル賞受賞の受益者としてのわれわれは、応分の役目を果たさねばならないと思う。

モバイルでご覧の方へ

全てのコンテンツと、カテゴリー内の記事をタイトル一覧表示としたメニューを作りました。PCの方にも便利です。

モバイル用メニュー

人気記事ランキング

コメントを残す

CAPTCHA


*投稿されたコメントはブログ管理者の認証後に表示されます。

サブコンテンツ

このページの先頭へ