達磨禅師、禅の起源、西域から中国へ渡来

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禅の起源は、6世紀初頭、西域から中国に渡来した、達磨禅師がはじめとされています。

その後、六祖・南宗禅の慧能から臨済宗祖臨済義玄から日本臨済宗開祖の明庵栄西に伝わったものが臨済宗に、曹洞宗祖洞山良价から日本曹洞宗開祖希玄道元に伝えられたのが曹洞宗になったと言われています。

臨済宗開祖の栄西は、備中国に生まれ、二度の入宋を経て、帰国後は鎌倉幕府の庇護のもと、京都に建仁寺、鎌倉に寿福寺を開き、臨済宗の発展の基礎を築きました。

栄西は、中国の臨済禅を日本に紹介した功績者であるとともに、多くの寺を建立する才能にも恵まれており、北条政子や源頼家などの権力者を味方にする政治的才覚の持主でもあった。

しかし、それ故に日本では敬して遠ざけられる傾向もあるようです。

曹洞宗開祖の道元は、24歳で宋に渡り、如浄の法を継いで帰国しました。

34歳に興聖寺第一世となり、45歳の時、越前に大仏寺(後の永平寺)を創建しました。

道元は、仏教界を代表する巨人であるとともに、偉大な思想家でもありました。

95巻の大著「正法眼蔵」により、「不立文字・教外別伝・直指人心・見性成仏」の言葉では表せない正法(禅)の真髄を表わそうとしました。

そして、如浄から受け継いだ法の遵守に意を注ぎました。

如浄は、国に帰って法を広めることや市中などに住まないこと、国王大臣に近づかないことなどを教えましたが、道元は如浄の教えに従い、潔癖で厳格な 勢を貫きました。

ただひたすらに打坐して心身脱落する、坐禅の修行が曹洞宗の根幹なのです。

禅は理屈でも理論でもなく、実践の中で自分自身が感じ取るもので、坐禅は、その手段であり、決められた座り方による修行の形です。

坐禅のやり方は、まず2枚の座布団か座布団の二つ折りを尻に敷き、服装は、ゆったりとしたトレーニングウエアのようなものを身につけて、場所は落ち着いた部屋が良いでしょう。

坐禅の要諦として、

  • 調身(正しい姿勢)
  • 調息(息を調える)
  • 調心(心を調える)

の3つが必要と言われます。

調身の基礎となる足の組み方は、結跏趺坐と半跏趺坐があります。

結跏趺坐は、足の裏を天に向けて両足を組んで座ることですが、素人では難しい面があります。

そこで、半跏趺坐という、左足のみを上にのせる座り方があります。

毎日、少しの時間でも、坐禅を実践してみるのも、心身に良いかもしれません。

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