「原爆の日」広島・長崎の原爆被災者を慰霊する

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1945年8月6日に広島、9日には長崎へ原子爆弾が投下され、広島で10万人以上、長崎で7万人を超す死者を出しました。

この歴史的悲劇を二度と繰り返さないように、両日を「原爆の日」及び「原爆忌」と定め、2都市では原爆被災者への慰霊と世界の恒久平和を祈念する式典が開催され、

全国各地でも忘れてはならない過去を心に刻むため記念行事などが行われています。

アメリカ軍は、1945年(昭和20年)の春から、原爆を投下する都市の検討を始め、川崎・横浜・名古屋・大阪・神戸・京都・福岡など、17の地域が選定されました。

8月2日に原爆の投下命令が下り、そのときの優先順位は、広島・小倉・長崎の順番だったとされています。

選定の理由は、原爆の効果を正確に測定できるよう、それまでに空襲の被害が少ない街で、市街地の大きさが直径3マイル(約4.8km)以上とされ、そのほか、連合国軍の捕虜収容所がない、軍事施設や工場が集中している、作戦実行時の天候などが判断材料とされました。

6日の午前8時15分にウラン爆弾(通称:リトルボーイ)が広島に投下され、9日は第一目標の小倉が天候不順などが要因で候補から外れ、長崎にプルトニウム爆弾(通称:ファットマン)が午前11時2分に投下されました。

  • 8月6日 「広島原爆忌」「広島原爆の日」広島平和記念式典(広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式)
  • 8月9日 「長崎原爆忌」「長崎原爆の日」長崎平和祈念式典(長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典)
  • 8月9日 小倉市(勝山公園)平和祈念式典(長崎と同時並行)

戦争終結の翌々年となる1947年から「広島平和記念式典」が始まり、広島平和記念公園で例年実施されています。

「長崎平和祈念式典」は48年から始まり、爆心地に当たる長崎市の平和公園を会場としています。

また、9日の攻撃で第一目標であった小倉市でも、勝山公園を会場として平和祈念式典が行われています。

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