祇園祭の由来と歴史!京都の夏の風物詩

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古都・京都の夏の風物詩であり、全国にその名が知られる「祇園祭」は、7月1日から1か月に渡って行われる長いお祭です。

夀彩な祭行事は、八坂神社と山鉾町が主催するものに大別され、八坂神社側の行事では、「神輿渡御」や「神輿洗」、「花傘巡行」などがメインとなり、山鉾町が執り行う行事では、“屏風祭”という異名を持つ「宵山」と、

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“動く美術館”と称される「山鉾巡行」が最大の見所となっています。

その規模や豪華さは国内でも有数で、日本三大祭をはじめ様々な三大祭のひとつとして数えられています。

また歴史も古く、平治の乱や応仁の乱、第二次世界大戦などで中断したことはあるものの、現在まで廃絶することなく続けられています。

869年、牛頭天王の祟りから多くの死者を出す疫病が京洛で流行したため、当時の国の数に準じて66本の鉾を立て、神様を迎えて悪疫を封じ込んだ「御霊会」が祇園祭の由来とされています。

その後、八坂神社の前身である衹園社が興隆すると、御霊会は「衹園御霊会」と称されるようになり、それがいつしか省略されて「衹園会」と呼ばれるようになりました。

当初は不定期に行われていましたが、970年より毎年6月14日に開催されるようになり、室町時代へ至ると、創意工夫を凝らした山鉾が作成され、町を巡行するようになりました。

今のような絢爛豪華な鉾が登場するのは、町衆階級が勃興した桃山時代から江戸時代の頃で、海外との貿易によって手に入れた舶来の織物が用いられるようになりました。

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