母の日って何の日?
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5月10日は母の日だ。そりゃだれでも知っているんだが、詮索すると結構知らないことがあるんだな、という話を釣ってきた。
母の日は世界的な行事、世の母親たちが賛辞とカーネーションに包まれる日なんだが、「なぜ5月10日?」と聞かれると首を傾げるし、「そもそも誰がいいだしたんだ?」と聞かれても困る。
ことほど左様に、母の日は詮索甲斐のある話。では….。
まあ、母ほど愛される存在は世界にはない。
永遠の愛と献身のシンボルであり、病むといえばチキンスープを捧げて駆けつけてくれるのも母だ。
胸塞がる悩みも母の袖で溢れる涙を拭えば癒える。
無私の存在だ。それなら一日ぐらい母たちのために、母たちを心ゆくまで労(いたわ)る日があってもいい、と思う気持ちは疾(と)うの昔からあっても不思議はない。
詮索してみると、母の日の由来はギリシャ、ローマまで遡(さかのぼ)る。
レイアとキュベレ だ。
レイアは大地の女神、キュベレ は「偉大な母」とも「大自然の女神 」とも称えられる。
どちらも女神で、並び立って世の畏敬の的だった。
根回しの因縁はこの辺りにあるそうな。
だが、そんな日を決めようじゃないか、となったのは、アメリカでは1914年のことだったのですぞ。
つまりそんなに昔のことじゃなかったというのが、ちょっと面白い。
古今東西、永遠に思える母への思いを「祝いの日」と定めるまでには、これも結構根回しが必要だったのだ。
まず、そもそも「母の日」は Mothering Sunday として始まったという話。
これはキリスト教の祝日で、英国や一部の欧州で四旬節の第四日曜日、教区の住民たちが「母なる」教会へもどる日だ。
さて、母を祝う習わしは時代を越えて定着して現代に至っているんだが、今年はひとつ花束だけでなく、お母さんたちが多分知らないかも「話」を添えて祝って上げようではないか。
アメリカでは、1908年にアン・リーヴス・ジャーヴィスという女性が亡くなった時に娘のアンナ・ジャーヴィスが世の母たちに感謝する祝いを催そうと、ウエストバージニアのメソジスト教会で「母の日」を祝ったのが最初だ。
アンナ・ジャーヴィスはこれを国家的な行事にしようと思い立ち、ロビー活動を始めた。そして1914年、時の大統領ウードロウ・ウイルソンに願い出た。
ウイルソン大統領は、5月の第二日曜日を、「どんな日であれ母の日たるべし」、と定めた。
アンナ・ジャーヴィスは、こうしてアメリカでの母の日の生みの親になったんだが、実は彼女は結婚せず独り身を通した。
「母の日」の生みの親は母ではなかった、というオチだ。
オチの後で味気ないが、ひとつ面白いデータがあるのでご披露して竿を置こう。
全米小売業協会の2013年度報告書によると、アメリでの「母の日」の経済効果は「母ひとり平均$168.94」だという。
母なら当然だろう、とは大方の反応だ、と。
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