雛祭りに食されるお菓子の由来

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3色のお餅が重ねられた色鮮やかな「菱餅」は、本を正すと緑一色の草餅だったそうです。

雛祭りの起源とされている古代中国で行われていた「上巳節」では、母子草(ははこぐさ)で作られたお餅を食べる風習がありました。

この風習は、飛鳥時代の頃に上巳節の文化が伝来する共に継承され、

江戸時代に入るとひし形に成型されようになり、ひしの実で作られた白い餅が加わりました。

明治の頃には、緑の餅はヨモギを材料とするのが一般的となり、くちなしの実を使った桃色の餅も追加され、現在の形へ至りました。

緑は「健康」、白は「清浄」、桃(赤)は「魔除け」を意味すると言われ、子どもが健やかに育ってほしいという願いが込められてます。

桃色・緑・黄・白の4色で構成されている「ひなあられ」は、それぞれ春・夏・秋・冬を表しているとされ、「1年を通して幸せに過ごせるように」という思いが込められています。

江戸時代の頃に、雛人形を持って屋外に出かけ、お雛様に春の景色を見せてあげる「ひなの国見せ」と呼ばれる風習が流行したため、菱餅を外でも手軽に食べられように砕いたものが由来とされています。

関東と関西では形や味が異なり、関東は粒上の甘みのあるポン菓子、関西では1cmほどのあられが甘辛く味付けされています。

「桜餅」は、1717年に江戸向島の長命寺の門前で、お茶菓子として売り出したのが始まりとされ、雛祭りのお菓子として定着したのは昭和に入ってからと新しく、「桃の節句」に相応しい季節を感じられるお菓子として広まったようです。

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