ヒラリーの野望にモニカの影

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突然で恐縮だが、諸賢はモニカをご存知だろうか。

モニカで分からなければ、モニカ・レウィンスキーは?おおぅと仰っしゃる向きはなかなか鋭い。

そう、例の艷名高き元アメリカ大統領、ビル・クリントンのお相手の女性だ。

話しを囘顧すると紙幅が足りないので省くが、そのモニカ・レウィンスキーが、

またぞろ話題になっているという話を釣ってきたのでご披露する。

あの事件があって暫らくは、大統領の弾劾裁判やら、巷の噂やら、面と向かった批判やらでメディアの餌食になっていたが、モニカは最近まで光の当たらない生活をしてきた。

それがこのたび「Vanity Fair(虚飾)」誌に一筆書いたのがきっかけで、このところ燃差しに10年ぶりに火がついたようなのだ。

薄まった記憶を掘り返す意味で、モニカの素性に少し触れておこう。

彼女は1973年、サンフランシスコ生まれ、ティーンの頃父母は離婚、Santa Monica College を経てLewis and Clark Collegeで1995 年に学士(心理学)、London School of Economics で2006年に社会心理学で修士を得ている。

さて、例の醜聞は1995〜1997の出来事だから、モニカLewis and Clark College 時代のことだ。

ひと騒ぎのあと、1999年、ABCの「20/20」でバーバラ・ウオルターズの伝説のインタビューがあり、全米で7000万人がモニカの自伝「Monica’s Story」を注視した。

翌年、Jenny Craig のスポークスパーソンとなり、2003年にはテレビのホストを勤めたモニカは、2006年、上記のように大学院生活に戻りそのまま公衆の面前から姿を消した。

そして、このたび、10年ぶりにモニカ風を吹かした、というわけだ。

今は40歳の中年婦人となったモニカ、「Vanity Fair(虚飾)」誌にこう書いたのだ

そうよ、私のボスは私を利用したのよ。ただ、ここははっきりしておきたい。あれは合意に基づく関係だった、ってこと。その後の出来事は、彼の強力な立場をしっかり守るために、私がスケープゴートにされたということ。取り巻きがしっかりこの構図を固め、メディアは私に烙印を押したわ。力が後ろ楯の烙印だから、しっかり押された。

モニカはこの記事で、自分のストーリーに自分で別なエディングをつけたい、という。

もう手摺の上に自分の顔を出してもいい頃だと思う。自分の言ったことを取り消して、自分の過去にひとつの目的を見つけたい。これがどういう結果を招くか、まもなく分かると思うわ。

時あたかもヒラリー・クリントンの大統領選出馬が決まり、初の女性大統領誕生か、と巷間姦(かしま)しいが、モニカ話の再燃がどう影響するのか、これはちょっと注目していい話題だ。

(太公望)

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