亥子祭(いのこまつり)京都・護王神社

サイト内検索

京都御所の西、蛤御門の向かいに鎮座する「護王神社(ごおうじんじゃ)」は、創建の年代は定かではありませんが、光仁・桓武両天皇に仕え、平安遷都に尽力した和気清麻呂(わけのきよまろ)を祀った廟(護王善神堂)から始まりました。

スポンサーリンク

和気清麻呂は、流刑に処せられながらも皇統を守ったことで知られており、その功績を讃え1851年(嘉永4年)には、孝明天皇により「護王大明神」の神号と「正一位」という最高位の神階が授けられています。

清麻呂一行は流刑の道中、刺客に襲われるという災難に伀いましたが、突如現われた300頭の猪によって難事を逃れたという伝説が残されており、神社では「狛犬」に代わり「狛猪」が置かれ、そのほか、境内には多くの猪に因んだものがあります。

1890年から1945年まで発行されていた10円紙幣には、清麻呂と護王神社が一貫して描かれいましたが、1914年までは猪も共に描かれており、長らく10円紙幣は「いのしし」と呼ばれていたそうです。

そんな「護王神社」では、毎年11月1日に古式ゆかしい「亥子祭(いのこまつり)」が執り行われています。

「亥子祭」は、平安時代の宮中行事であった「亥子餅の儀式」を再現したもので、雅楽が流れるなか聖上が自ら餅をつき、それを食する事により無病息災を祈る伝統行事です。

平安朝装束を身に纏った宮司が天皇、祭員が殿上人に扮し、一般公募の5人の女性が奉仕役となり、浄闇の境内に照らし出された拝殿で、平安絵巻のような優雅な儀式を繰り広げます。

スポンサーリンク

モバイルでご覧の方へ

全てのコンテンツと、カテゴリー内の記事をタイトル一覧表示としたメニューを作りました。PCの方にも便利です。

モバイル用メニュー

人気記事ランキング

コメントを残す

CAPTCHA


*投稿されたコメントはブログ管理者の認証後に表示されます。

サブコンテンツ

このページの先頭へ