建国記念日ではなく建国記念の日とした意味

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2月の祝日といえば「建国記念の日」ですが、その由来を知っている人は少ないかと思います。

建国の起源を祝日にしようする動きは明治時代に起こりました。

日本国を統一したカムヤマトイワレビコノミコトとは、神武天皇であるという「日本書記」の記述を元に、

天皇が即位したとされる紀元前660年1月29日を太陽暦に換算し、2月11日を「紀元節」としました。

この日には「紀元節祭」と呼ばれ祭事が催され、庶民の間でも親しまれていたようです。

その後、戦後占領軍の意向で紀元節は廃止されましたが、「紀元節」を復活させようという気運が全国で高まり、「建国記念日」の制定に関する法案が1957年に提出されました。

しかし、当時の野党が反対し成立には至らず、その後9回も法案を提出し1966年にようやく「建国記念の日」として成立し、翌年から適用されました。

気づいている方も多いと思いますが、「建国記念日」ではなく「建国記念の日」であることに、法案が成立した重要な意味が隠れています。

「紀元節」の復活は、天皇を中心とする団結力を呼び起こす恐れがあると考える人や、神話として位置づけられている「日本書記」を建国の起源とすることに疑問を投げかける人があり、当時は多くの議論が行われていたようです。

そこで「の」を入れることで、天皇によって建国された日を祝うわけではなく、日本という国が建国したことを記念するための祝日である、という解釈により長い論争に一応の決着をつけることができたのです。

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