第二次世界大戦の名機、スピットファイアオークションへ

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「戦後70年」という言葉が飛び交う昨今、あの大戰を記憶する人には、開戰劈頭その伝説的な性能が世界を驚かせた日本海軍のゼロ戦は懷かしい。

当時の戦闘機ではアメリカ空軍のグラマン、英国のスピットファイアがあるが、そのイギリス空軍のスピットファイア一機が、復元されてオークションに出品されるという、ちょっとレトロな話題を釣ってきた。

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Mk.1スピットファイアは当時、対ドイツ戦で活躍した英国空軍 (RAF) の第一線戦闘機だ。ドイツによる英国本土上陸作戦の前哨戦として英国の制空権の獲得のために行われた一連の空戦、Battle of Britain に備えたもの。この空戰は、独ソ戦を前にして、戦略目標を達することなくヒトラーが断念して実現しなかった。

話題の一機は、1940年に撃墜され奇跡的に飛行可能までに復元されたもので、この夏にもロンドンのクリスティーUKでオークションに出品されるという。これはオリジナルのMk.1スピットファイアで、現在飛行可能な二機のうちの一機、歴史的な飛行機として380万ドルは下るまい、との下馬評だ。

「この類像的な戦闘機は、英国では英国空軍の「勇猛さ」を象徴するものとして価値が高いだけに、そのオークションを任されたわれわれは誇りに思う」とはクリスティーUKの ロバート・コプレイ副代表の言。

このスピットファイア(P3974)が撃墜されたのは、1940年5月24日のダンケルクでの空戰のこと、フランス、カレーの浜辺に落ち、潮流の関係で砂地深く埋沒した。一発に機銃で撃ち落とされたものと思われていた。操縦していたピーター・カゼノーヴェは最後の電信で「母に伝えてくれ。すぐティーに戻るから…」と。

カゼノーヴェは捕虜となり、終戰まで幽閉されていた。彼はスタラグ・ルフト III(第三航空兵捕虜収容所)からの集団脱走に加わっている。のちに大脱走として知られることになる出来事だ。カゼノーヴェ氏は、1980年9月に彼の愛機がカレーの砂地から掘り起こされる僅か前に死亡した。

掘り起こされた機は、一度パリ、ル・ブルジェの航空宇宙博物館に送られたが、後に一時ほかに移され、最後に部品等も含めて英国、ダックスフォードの航空機復元会社とその下請会社ヒストリック・エアクラフト社に送られ、3年を掛けて原状に復元された。

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この飛行機は現在アメリカの慈善家、トーマス・カップラン氏の所有だそうで、2011年に復元後の初飛行に成功している。同氏はどうやらレトロプレーンのマニアのようで、このスピットファイア(P3974)の他にも、これも飛行可能なスピットファイア(N3200)も持っている。ゼロ戦にはいたくノスタルジーを覚えるそれがしとしては、よき釣り物だったと思っているんだが….。

(太公望)

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