静岡県三熊野神社の大祭は江戸の古い伝統

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静岡県掛川市の横須賀城下にある三熊野神社(みくまのじんじゃ)では、桜も見ごろになる4月の第1金曜・土曜・日曜の3日間にわたり、「遠州横須賀三熊野神社大祭」が盛大に執り行われています。

江戸時代より続く古い様式を残している祭礼として知られ、横須賀では「祢里(ねり)」と呼ばれている山車(だし)は、江戸屋台の古い伝統を残す「一本柱万度型」といわれる形態をなしています。

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江戸の祭りにおいて「一本柱万度型」の山車は、神輿以上の花形として持て囃されましたが、明治時代より電線や架線などの邪魔になるとされ、今では発祥地の東京では現存せず、横須賀地区とその周辺のみで見られる大変貴重なものとなっています。

また、名調子で知られる祭囃子(まつりばやし)は、1955年に県の無形民俗文化財第一号に指定されています。

1690年頃となる元禄年間には、踊りを主体とする祭礼がすでに存在していたようですが、現行の様式が形作られたのは1720年頃の享保年間とされ、幕府の老中職にあった藩主の家臣が、当時の江戸天下祭の文化に興味を持ち、山車とお囃子の様式を横須賀に持ち帰ったものが受け継がれたとされています。

伝統を保全するため、高さ6メートルにもおよぶ禰里が電線に接触しないよう通常より高く設けたり、信号機を可動式にするなどの配慮がなされ、およそ300年間その様式を維持し続けています。

笛と太鼓によって奏でられる祭囃子のなか、「シタッ!シタッ!」の掛け声とともに、13台の雅な祢里が威勢よく曳き廻される姿は、勇壮かつ華麗であると評判です。

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