高倉健!昭和の時代の象徴

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今年も多くの著名人が亡くなりましたが、暮れになってからの大物俳優の死は、昭和の時代が間違いなく終わりかけていることを改めて告げているような感じがします。

亡くなった俳優の中でも、高倉健さんは、昭和を代表する男優のひとりとして、際立った存在のように思います。

高倉健が最初に強い存在感を放ったのは、東映のヤクザ映画で、昭和残侠伝や網走番外地のシリーズからだと思います。

その前に、あまりパッとしない二枚目として、美空ひばりの映画に出たり、江利チエミの夫として取り上げられたりしていた時は、彼の雄としての豪胆なキャラクターが発揮されておらず、私にとってもあまり興味のない俳優でした。

北九州の出身で父親が港湾労働者の取りまとめのような仕事をしていた中で育まれた、男を感じさせる風貌と性格は、仁侠映画との出会いで花開いたような気がします。

ちょうど高校時代を迎えておりました私は、高倉健の映画に釘付けになり、ヤクザ映画としては、その後の深作欣二の仁義無き戦いシリーズが出てくるまでは、夢中になって映画館に足を運ばせた面白い映画でした。

任侠映画でも、男を強く感じさせる高倉健が演じるものは、すぐに泣きが入るように感じた鶴田浩二が演じるものより、自分にとってもより現実味のある、迫力のある映画でした。

ストーリーは、どちらかと言えば勧善懲悪的で、話の流れも決まりきっていましたが、日本人には、歌舞伎などにも見られるように、勧善懲悪を歓ぶ傾向があると思います。

私も、ストーリーにそれほど抵抗はなく、高倉健の鍛えた肉体で振り回すドスの力強さに、拍手喝采をした覚えがあります。

ただ、やはり現実のヤクザの世界と映画で美化している世界との乖離と、何作も続けているマンネリズムとかが重なって、高倉健のヤクザ映画も間違いなく色あせたものとなっていきました。

高倉健が述懐しているように、彼自身が情熱を失っていたようです。

そこに、実録路線というコンセプトで衝撃的にあらわれたのが、深作欣二の仁義なき戦いでした。

第一作目の、戦後のドサクサから成り上がったヤクザの実態があからさまに描かれていた作品のインパクトは、今でもはっきりと思い起こすことが出来ます。

その仁義なき戦いも、やはり回を重ねるごとにマンネリとなりましたが・・

高倉健は、ヤクザ映画の後、黄色いハンカチという作品で蘇ったような気がします。

というより、俳優として一皮剥けたような印象があります。

あの作品で、俳優として成熟した演技を見せた高倉健がおり、ヤクザ映画とは別の強い存在感を見せつけたような気がします。

山田洋次監督の作品で、倍賞千恵子や武田鉄矢や桃井かおりが脇を固める中で、無骨で不器用だが、一途で筋を通して生きていく中年の男を高倉健が好演していた。

その後、駅や夜叉などの見応えのある映画に次々に出演し続けたが、私がその中でも好きなのは海峡という作品で、初老の男が青函トンネルの仕事を終えた後、安易な道を拒絶してまた中東のプロジェクトに挑んでいくところに、男のロマンを感じました。

ただ、最近のあなたへという作品は、さすがのタフガイの健さんもくたびれてきたなあという感を持ち、もう十分ではないかと感じたことも本音としてはありました。

文化勲章という勲章は、高倉健のキャラクターと違うような気がしますが、ヤクザ映画でブレークしたことを良しとせず、あれだけ色々な作品で多くの人に感動を与えた功績を考えれば、やはり文化勲章は健さんにこそ相応しいという気もします。

昭和を鮮やかに彩り、男の生きざまを演じてくれた健さん、さらばです。

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