端午の節句に飾られる五月人形と鯉のぼりの意味

サイト内検索

現在では、職人の匠の技が光る伝統的なものから、人気キャラクターとコラボした可愛いものまで、バライティに富んだ様々なタイプの「五月人形」や「鯉のぼり」が流通していますが、これらの飾りにはどのような意味や由来があるのでしょうか?

端午の節句は元々、中国で行われてきた邪気払いの行事を起源としており、それが奈良時代のころ伝来し、宮中行事の一つとして執り行われました。

この風習は、鎌倉時代ごろから武家にも浸透し、災いを防ぐため外には旗幟(きし)や吹流しを立て、室内には、命を守る象徴として鎧兜などを飾るようになります。

江戸時代になると公的な行事として制定され、後継ぎである男児の健やかな成長を祈り、一族の繁栄を願う行事として発展していきます。

またこの頃より、庶民の間でも武家の慣わしを真似て、作り物の武具のほか、神様が降臨する依り代として、勇ましい人形細工が飾られるようになり、これが今日へと続く五月人形の始まりとされています。

鯉のぼりの原型が作られたのも江戸時代の中頃といわれており、武士が戦場で目印として指していた旗幟を庶民たちが真似て誕生しました。

当初は、紙や布などに鯉の滝登りの図柄を描いていたそうですが、その後、鯉の形を模した黒い真鯉のぼりが作られるようになり、現在のように立体的な3色の鯉を飾るようになったのは、明治時代以降とされています。

鯉のぼりには、男児の出世と健康への願いが込められていますが、これは、登竜門の語源でもある、鯉が竜門と呼ばれる滝を登り切り竜となったという故事と、魚類のなかでも特に生命力が強いと言われていることに由来しています。

モバイルでご覧の方へ

全てのコンテンツと、カテゴリー内の記事をタイトル一覧表示としたメニューを作りました。PCの方にも便利です。

モバイル用メニュー

人気記事ランキング

コメントを残す

CAPTCHA


*投稿されたコメントはブログ管理者の認証後に表示されます。

サブコンテンツ

このページの先頭へ