6月10日は時の記念日!天智天皇に由来する

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伊藤博文の養嗣子が会長を務めていた生活改善同盟会からの提唱を受け、1920年(大正9年)に「時の記念日」は制定されました。

同年の5月15日から6月末日まで、当時の文部省によって「時展覧会」が開催され、そこで「時の記念日」に関する積極的な話し合いが行われたそうです。

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今では想像できませんが、当時の日本人は時間に対してルーズなところがあり、時間を守ることで生活を改善し、欧米並みの合理化を図ろうという趣旨の元、時間の重要性を広めるために記念日が設けられました。

その甲斐あってか、日本の公共交通機関のダイヤは、欧米並みどころか世界でも類を見ないほど正確で、来日した海外からの旅行者からも高く評価されています。

「時の記念日」の日付は、天智天皇の命により宮中に建造された「漏刻(ろうこく)」と呼ばれる水時計が、西暦671年の6月10日に最初の時報を告げたとする、「日本書紀」に記述されている故事に由来しています。

「日本書紀」では、天智天皇より一代前の斉明天皇の項にも「漏刻」に関する記述はありますが日付がわからないため、明確に日付が記されている天智天皇を採用したようです。

天皇が祀られている近江神宮では、この日に「漏刻祭」と呼ばれる祭典が執り行われており、王朝装束を身に纏った時計業界の関係者が、各メーカーの新製品を神前に供え、時計の進展を奉告しています。

また、日本標準時子午線のまちとして有名な兵庫県明石市では、天文科学館の入館料が無料になるなど、様々なイベントが催されています。

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