中世の騎士の遺骨、英國の古寺院でみつかる

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ヘアフォドの古い寺院で、中世の人、多分ナイトの爵位の男性が遺骨が掘り出された。

さまざまデータを総合すると、石棺に収めらたこの人物はおそらくノルマン人で、馬上の槍試合を繰り返していたらしい。

中世の馬上の槍試合、トーニーは刃先を鈍らせた武器で大人数が試合をするものだ。

この人物は寺院内に葬られた2,500体の遺骨のひとり、中にはハンセン病を患っていた者、片手を断ち切られた女性の遺体もあった。

建設会社と提携して仕事をする企業、ヘッドランド考古学社のアンディー・バウチャー支配人によれば、この寺院は12世紀に建てられ、それ以後祈りの場、埋葬地として使われてきたようだ。

数年前、国営のヘリテイジ・ロッタリー基金はこの寺院に、寺院内の修復整地に資金を提供した。

その作業の一環で地表近くに埋まっていた遺骨を掘り起こした。

バウチャー氏は、教会法では教区内で死んだ者は寺院内の墓地に埋葬することになっており、寺院が建てられた12世紀から19世紀初めまで、それが続いていた、と説明する。

2009〜2011年にかけて、発掘作業は丁重に行われたが、そのなかに目立つ遺骨があった。

5フィート8インチの男性で、右の肩甲骨に深い傷があり、右の肋骨のうち10本が砕かれ、左脚もなかった。

ひどく打ちひしがれた遺体だった。

年齢は45歳前後、12〜14世紀に使われていた石棺に入っていた。

病理学者の検証によると、砕かれた肋骨のうち4本は同時に砕けた形跡があり、他の4本は治癒過程の跡が見えた。

つまり死んだ時に前の傷が癒える途中だったということだ。

もう2本も傷跡が見られ、左脚は異様な形で捻り切られており、直接の一撃か足首の捻りが原因のどちらかだ、という。

この人物は三本の歯を失っており、残りの齒を化学分析したところ地域的に異なる食物にそれぞれ符合するアイソトープを示したことから、ノルマンディーで育ち後年ヘアフォードへ移住してきたらしい、とバウチャー氏は説明する。

この人物がなんで傷ついたかは特定できないが、傷の様子から馬上の槍試合の可能性が高い、と研究者は語る。

正式の槍試合は大人数の対抗試合で、模擬戦の形で行われた。

刃先を鈍らせての試合はナイトクラスの特徴で、この人物もナイトだったという推論の根拠になっている。

ハンセン病の人物は5フィート5インチ、20歳前後で、皮膚障害と神経障害が特徴のこの種の患者は、疎まれてほかの場所に埋葬されるはずのところ、自身ハンセン病だったという当時の司祭が、同情して寺院内に埋葬したのでは、とバウチャー氏は語る。

片手のない女性になにが起こったたのか、研究者たちは分からないとしながらも、当時は盜賊が手を切られる習慣がありはしたが、それが寺院内に埋葬されたことの説明ができない、としている。

この女性は経帷子を着ており、おそらく1100〜1600年前後の中世の女性だ、と説明している。

(太公望)

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